真田丸で小日向文世演じる豊臣秀吉の失禁と最期の様子!!

1598年(慶長3年)、天下人・豊臣秀吉は朝鮮出兵の最中に日本に多くの問題を残しながら病死しました。

 

これほどまでに有名な人物としてはお約束ですが、彼の死因については様々な説が囁かれています。

 

秀吉ほどの人物なら、多くの人から恨みを買っていることでしょう。

 

そのため、彼には暗殺説さえも浮上しているのです。

 

果たしてそれが真実であるかはさておき、複数ある死因の説に関して、ここでは少し深く切り込んでみましょう。

 

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豊臣秀吉の死因は何?

秀吉の病状については色々とコメントが付け加えられており、これだと断定することは難しいです。

 

有名な説としては大腸癌や下痢などの下半身から来る病があります。

 

晩年の秀吉は度々厠に行っては下痢で体調を崩したとする話があり、ウイルス・疫病に罹っていたとする説です。

 

当時は日本でも普通にウイルスが蔓延していたので、十分にあり得る病でしょう。

 

他には、呼吸系疾患、尿毒症や腎不全といった腎臓の病の説があります。

 

血液に廃棄物が残り、それが元で亡くなったとする説もまた有力です。

 

ここまで見てみると、彼の死因として唱えられている説としては殆どの場合下半身を病んでいることが分かります。

 

この他に有名な説としては、中国の使節による毒殺です。

 

朝鮮出兵の時、中国・明の使節である沈惟敬(しん・いけい)が小西行長や宗義智と共に和議交渉を持続したことでも知られる彼は、大阪城にいる秀吉とも面会したことがあります。

 

その際に彼は秀吉に「大陸からの秘薬です」と称して毒薬を与えたとする説です。

 

朝鮮で野史をまとめた史料によれば、秀吉は最初沈の言葉を疑っていましたが、沈も一緒に毒薬を口にすると秀吉もそれを信じて毒薬を口にしました。

 

沈はその後密かに厠に行って下剤を飲み毒薬を吐き出したと言われています。

 

沈が秀吉と面会したのが1596年(慶長元年)、秀吉が亡くなるのが1598年(慶長3年)です。

 

毒薬を与えてから2年経ってようやく毒の効果が表れるというのは考えにくいためこの説はとても怪しいとするのがこの説の欠点ですが、出兵を面倒に思った朝鮮・中国が秀吉憎しで何かしら手を打とうとしたのは十分に考えられます。

 

毒殺ははっきりいって物語の一種だと割り切って考えた方がいいでしょう。

 

失禁したという話

秀吉は50代になってから、無意識のうちに失禁をするようになったと伝わります。

 

先述のように、晩年の秀吉には腎機能が低下しているようなものを匂わせる話が伝わっています。

 

それに脳梅毒だったとする説もあり、晩年の秀吉は痴呆や幻覚症のような症状が出ているとの話もありました。

 

現代では、失禁といえば脳梗塞やパーキンソン病といった脳の病を患った人の症状として出ることで知られており、秀吉もそうした奇病を患った人間の1人だったと考えられます。

 

パーキンソン病や脳梗塞を発症する原因を個人的に少し調べてみました。

 

すると、その原因は住環境の急激な変化によるストレス、暴飲暴食や偏食、金属や殺虫剤などの有害物質の摂取といったものが挙げられました。

 

秀吉は元々貧しい身分の出身の人間が短期間で天下人にまでのし上がり、それからは酒の席とは離れられない生活を送ったと考えられる彼の後半生を鑑みると、急激に体を病んでもおかしくはないでしょう。

 

余談ですが、金属や殺虫剤などの有害物質の摂取は不老不死の薬だと信じて水銀を摂取した始皇帝と同じものを感じます。

 

天下統一以前から秀吉は弟・秀長の死などの心因的に心細くなる出来事が数多くありました。

 

秀吉の最期の様子

秀吉に最後まで付いていた宣教師・ロドリゲスの手記によれば、秀吉の最期は「干からびたかのように衰弱しておりぼろぼろになっている。まるで悪霊のようで人間とは思えない」と記されています。

 

秀吉は有名な醍醐の花見を終えてからというもの、すごいスピードで体調を崩してあっという間に先述した姿になったと伝わります。

 

秀吉はすぐさま自分が亡くなるということを自覚し、五大老や五奉行に対して血判状を突かせるなどしてその後の事を託しました。

 

秀吉が病に臥せるようになったのが5月、そして亡くなるのが8月ですから、この短期間のうちに何かが起こったと考える方が自然でしょう。

 

しかし、真相は闇の中です。

 

ちなみに、秀吉が死の直前に最も気にしていたことは秀頼のこととイエズス会の宣教師による日本征服計画についてです。

 

秀吉はサン=フェリペ号事件以来、当初は寛容だったイエズス会に対して急激に弾圧するようになります。

 

ロドリゲスは秀吉に対して、最期まで信仰を説くばかりだったと伝わります。

 

バテレン追放令によって秀吉に付いていた宣教師は殆ど追い出されてしまいましたが、ロドリゲスだけは最後まで秀吉に許されていました。

 

秀吉は死の瞬間まで安息することはなかったのでしょう。

 

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まとめ

いかがでしたでしょうか?

 

人の死因を探ると、どうしても歴史の知識だけでは簡単に解明できないので医学について少しかじることとなりました。

 

私の所感としては、秀吉は結局のところ現代人としてさほど変わらない成人病に罹って死んだのではないかと思います。

 

さすがに現代の日本には戦国時代ほどウイルスが蔓延しているというようなことはありませんが、病気の歴史を探るといつの時代も人間は同じ病をいつまでも克服できずに日々生活しているんだなと感じました。

 

それはたとえ一介の庶民でも天下人でも同じことで、歴史は時にこうした方角からも飾らない人の姿を示してくれるものだなと感じました。

 

『真田丸』では秀吉の活躍はまだまだ描かれるでしょうが、果たして今回秀吉を演じる小日向文世さんはどのように天下人・秀吉の最期を演じてくださるのでしょうか?

 

今までとは違った秀吉の姿にも注目です。

(文・いちたか風郎)

 

関連記事⇒豊臣秀吉の指は6本あった!!天下人の性格と意外な死因!!

 

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4 Responses to “真田丸で小日向文世演じる豊臣秀吉の失禁と最期の様子!!”

  1. 野村萬斎さんは より:

    野村萬斎さんはどうでしょう?
    最近は三谷コメディーにも出演されておられるようなので

    • 三日月 より:

      野村萬斎さんの秀吉役は似合いそうですね。

      堺雅人(信繁)さんともガッチリかみ合いそうな気がします。

  2. 匿名 より:

    秀吉役は柳葉さんがいいのでは?信長役は緒形直人さん再登板でいいと思います。

    • 三日月 より:

      匿名さん

      コメントありがとうございます。

      そう言えば、緒形直人さんは織田信長を演じられていましたね。

      三谷幸喜さんの作品に緒形さんのイメージはあまりないのですが、それも面白そうですね。

      柳葉さんの秀吉は私も見てみたいです。

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