速秋津姫をお祀りている神社いろいろ

速秋津姫をお祀りしている神社

全国に速秋津姫(はやあきつひめ)をお祀りしている神社はいろいろありますが、特に注目すべきは以下の神社です。

  • 【宮城県】安福河伯神社(あふくかはくじんじゃ)
  • 【群馬県】甲波宿禰神社(かわすくねじんじゃ)
  • 【東京都】日比谷神社(ひびやじんじゃ)
  • 【東京都】隅田川神社(すみだがわじんじゃ)
  • 【千葉県】川口神社(じんじゃ)
  • 【大阪府】都留彌神社(つるみじんじゃ)
  • 【大阪府】彌刀神社(みとじんじゃ)
  • 【兵庫県】湊口神社(みなとぐちじんじゃ)
  • 【兵庫県】由良湊神社(ゆらみなとじんじゃ)
  • 【和歌山県】鳴神社(なるじんじゃ)
  • 【宮崎県】速開都比売神社(はやあきつひめじんじゃ)

今回の記事では、この速秋津姫(はやあきつひめ)をお祀りしている神社を紹介します。

ぜひ最後まで、この記事を読んでください。

速秋津姫をお祀りしている神社の詳細

  • 【宮城県】安福河伯神社(あふくかはくじんじゃ)
  • 【群馬県】甲波宿禰神社(かわすくねじんじゃ)
  • 【東京都】日比谷神社(ひびやじんじゃ)
  • 【東京都】隅田川神社(すみだがわじんじゃ)
  • 【千葉県】川口神社(じんじゃ)
  • 【大阪府】都留彌神社(つるみじんじゃ)
  • 【大阪府】彌刀神社(みとじんじゃ)
  • 【兵庫県】湊口神社(みなとぐちじんじゃ)
  • 【兵庫県】由良湊神社(ゆらみなとじんじゃ)
  • 【和歌山県】鳴神社(なるじんじゃ)
  • 【宮崎県】速開都比売神社(はやあきつひめじんじゃ)

速秋津姫(はやあきつひめ)をお祀りしている神社について、以下で順番に解説します。

【宮城県】安福河伯神社(あふくかはくじんじゃ)

安福河伯神社(あふくかはくじんじゃ)は、宮城県の亘理郡亘理町(わたりぐんわたりちょう)にある神社です。

安福河伯神社(あふくかはくじんじゃ)境内の由緒書によれば、安福河伯神社(あふくかはくじんじゃ)は阿武隈川の治水用水・大和朝廷の北辺守護のために創建されたと言われています。

安福河伯神社(あふくかはくじんじゃ)は創建当初、水神山の山頂に鎮座していましたが、戦乱が相次ぎ阿武隈川のそばに遷座再建(せんざそうけん)されました。その後、旧地である水神山の山頂付近に再び遷座(せんざ)され、現在に至ります。

この水神山と阿武隈川(あぶくまがわ)には伝承があります。

昔、神様が西の山で作物を栽培するために畝(うね)を立てていた。その畝(うね)を7つ立てていたのでそれが「七峰山(ななうねやま)」となり、残りの3掴み分の土を放り投げてできた丘が、現在の安福河伯神社(あふくかはくじんじゃ)が鎮座している水神山だと言われている。

ある日、山の神と川の神が出会った時、山の神は「ここまで山を作ってきたから、もっと北まで延長したい」といい、川の神は「この辺で川を海へと向かわせたい」と言った。

お互い一歩も譲らないので、近くの深山という山を早く10周した方の意見に従うということになった。

一斉に山の神と川の神が競争を始めたが、7周目に入ったところ、山の神がちょうど深山に咲いていたツツジに目を奪われ、ツツジの根に足を取られ転んでしまった。

山の神が転んで遅れを取った間に川の神がどんどん差をつけてしまい勝利した。

上記のような山の神と川の神の競争があったからこそ、安福河伯神社(あふくかはくじんじゃ)付近から阿武隈川(あぶくまがわ)は東に流れを変え、太平洋に向かうように流れていると伝えられています。

ここに出てくる山の神とは、安福河伯神社(あふくかはくじんじゃ)の対岸の岩沼市に鎮座する千貫神社(せんがんじんじゃ)の祭神である大山祇神(おおやまつみのかみ)です。

そして、川の神とは安福河伯神社(あふくかはくじんじゃ)のご祭神である速秋津比売神(はやあきつひめ)です。

【群馬県】甲波宿禰神社(かわすくねじんじゃ)

甲波宿禰神社(かわすくねじんじゃ)は、群馬県渋川市川島にある神社です。

甲波宿禰神社(かわすくねじんじゃ)は、771年9月29日に創建されました。

甲波宿禰神社(かわすくねじんじゃ)の社記によれば、箱島村(現・東吾妻町箱島)の甲波宿禰神社、祖母島村(現・渋川市祖母島)の宿祢神社(現・武内神社)、湯上村(現・渋川市行幸田)の甲波宿禰神社は、1444年~1449年の文安年間に当社から分祀されたものだそうです。

「甲波」を川、「宿禰」を「直根」として「川の本流」を意味する社名と解し、吾妻川(あがつまがわ)沿いの箱島・祖母島・川島と「島」のつく地に3社が並んでいたことから、吾妻川を神格化したものと言われています。

そのような川にまつわる理由から、甲波宿禰神社(かわすくねじんじゃ)では速秋津姫(はやあきつひめ)をお祀りしています。

【東京都】日比谷神社(ひびやじんじゃ)

日比谷神社(ひびやじんじゃ)は、東京都港区東新橋にある神社です。

日比谷神社(ひびやじんじゃ)は、もともとは現在の日比谷公園内の大塚山に鎮座していました。

1596年〜1615年の慶長年間に江戸城の拡張に当たり、氏子(うじこ)とともに芝口(現在の東新橋)に移され、明治時代に鉄道(東海道線)の敷設に当たり新橋4丁目に遷座(せんざ)しました。

新橋4丁目の境内地全域が計画道路の予定地にかかっていたことから、2009年7月31日に現在の地である東新橋2丁目の国道15号(第一京浜)沿いに日比谷神社(ひびやじんじゃ)は遷座(せんざ)することになりました。

日比谷神社(ひびやじんじゃ)は大塚山に在った頃、病に苦しむ旅人達に社務所を開放して無病息災を祈願を受けさせたところ霊験があったことから「旅泊(さば)稲荷明神」と呼ばれていました。

新橋移転以降は「鯖(さば)」の字を当てた鯖稲荷となり「虫歯に苦しむ人が鯖を断って当社に祈願すると霊験がある」とされ、虫歯治癒の願いが成就すると鯖を奉納する習わしがありました。

そのため、ご祭神には瀬織津比売神(せおりつひめ)速開都比売神(はやあきつひめ)気吹戸主神(いぶきどぬし)速佐須良比売神(はやさすらひめ)の4柱からなる祓戸大神(はらえどのおおかみ)を祀っています。

速開都比売神(はやあきつひめ)とは男女一対の神様

「速開都比売神=速秋津姫」とよく誤解されますが、速開都比売神(はやあきつひめ)は正確には男女一対の神様です。

祓戸大神(はらえどのおおかみ)のうちの一柱である速開都比売神(はやあきつひめ)は速秋津比古神(はやあきつひこ)と速秋津比売神(はやあきつひめ)の2人の力により「禍事・罪・穢れ」を飲み込む役割があります。

速秋津比古神(はやあきつひこ)と速秋津比売神(はやあきつひめ)この2人の力があり、他三柱の祓戸大神が協力するからこそ、あらゆる穢れが祓われるわけです。

【東京都】隅田川神社(すみだがわじんじゃ)

隅田川神社(すみだがわじんじゃ)は東京都墨田区の堤通(つつみどおり)にある神社です。

隅田川神社(すみだがわじんじゃ)は、もともとは「水神社」と呼ばれ、神社があった場所は樹木が繁茂し「水神の森」とも称された微高地でした。また隅田川の増水にあっても沈むこともないことから「浮島」の名もありました。

1180年には源頼朝(みなもとのよりとも)が関東下向のおり水神の霊験を感じて社殿を造営したとも言われています。

そのような伝承があることから、隅田川神社(すみだがわじんじゃ)には速秋津比古神(はやあきつひこ)と速秋津比売神(はやあきつひめ)が祀られています。

【千葉県】川口神社(かわぐちじんじゃ)

川口神社(かわぐちじんじゃ)は、千葉県の銚子市(ちょうしし)にある神社です。

銚子市川口町の松に囲まれた丘の上にある川口神社は、千葉県銚子市の民謡である銚子大漁節(ちょうしたいりょうぶし)にも出てくる漁師の守り神です。

創建は986年と伝えられ、速秋津姫(はやあきつひめ)を祀っています。

川口神社は現在では漁業者の信仰が強いのですが、1870年の明治3年までは白紙明神(はくしみょうじん)と呼ばれていました。

この「白紙」の名前には悲しい逸話があります。

その昔、銚子付近に地元の長者の娘である、延命姫がいました。延命姫は陰陽師の安部清明と夫婦になったのですが清明は延命姫が顔に痣(あざ)のある醜い姿だったため、彼女を嫌っていました。

そんな清明は、ある日、家を逃げ出し、飯岡上永井村の向後主水宅の大仏壇の中に身を隠してしまいます。

その後、延命姫は清明を追いかけて主水の元を訪れるわけですが「清明はいない」と嘘をつかれてしまうのです。

そこで延命姫は清明を探し求めて屏風ヶ浦(びょうぶがうら)西端に近い通連洞(つうれんどう)に行ってみると清明の脱ぎ捨てた衣類などがあるのを発見しました。

それを見た延命姫は、もう清明と結ばれないことを悟り、なんと海に身を投げてしまうのです。

その後、延命姫の歯や櫛(くし)が川口に流れ着きました。このような常軌を逸した悲しい事件があったため、歯や櫛(くし)を川口神社のあたりに埋め祠(ほこら)を建てました。

今の川口神社は海の近くにあるため初見の人は「漁師の守り神なのだな」と思ってしまいますが、延命姫のような悲しくてドロドロした男女の物語もあるのです。

【大阪府】都留彌神社(つるみじんじゃ)

都留彌神社(つるみじんじゃ)は、大阪府東大阪市にある神社です。

910年には河内国が大干ばつになった際、醍醐天皇(だいごてんのう)の命により河内国の中から12社が選ばれて雨乞い祈願が行われることとなり、当社はその1社に選ばれ「祈願の結果見事に降雨した」という逸話があります。

【大阪府】彌刀神社(みとじんじゃ)

彌刀神社(みとじんじゃ)は大阪府東大阪市近江堂一丁目にある神社です。

速秋津日子神(はやあきつひこ)と速秋津比売神(はやあきつひめ)は水戸(港)や河口の神であり、彌刀神社(みとじんじゃ)鎮座地の近江堂(おうみどう)という地名は大水戸が転訛(てんか)したものであると言われています。

【兵庫県】湊口神社(みなとぐちじんじゃ)

湊口神社(みなとぐちじんじゃ)は兵庫県南あわじ市の湊里(みなとさと)にある神社です。

兵庫県の淡路島南部にある三原平野の大半が海水で満たされた入江であった頃、古代淡路・御原の海人族が御祖神である速秋津比古神(はやあきつひこしん)・速秋津比売神(はやあきつひめしん)を奉斎(ほうさい)したことが、湊口神社のはじまりとされています。

【兵庫県】由良湊神社(ゆらみなとじんじゃ)

由良湊神社(ゆらみなとじんじゃ)は、兵庫県洲本市由良三丁目にある神社です。

淡路島の東南端に位置する洲本市(すもとし)の由良は、瀬戸内海の海上交通の拠点として、また海産物が豊富な自然豊かな場所として、縄文の昔から人々が定住していました。

由良湊神社(ゆらみなとじんじゃ)の創立年代は不詳ですが、自然と共に生きる人々の営みの中から、いつしか由良水門の鎮護として速秋津日古神(はやあきつひこ)と速秋津比売神祀(はやあきつひめ)が祀られたようです。

【和歌山県】鳴神社(なるじんじゃ)

鳴神社(なるじんじゃ)は、和歌山県和歌山市鳴神にある神社です。

孝安天皇(第6代)の頃、名草郡の治水のために水門神である速秋津日古命(はやあきつひこのみこと)を祀るよう託宣(たくせん)があり、それによって祀られたのが鳴神社の創建であるといわれています。

社名「鳴」は紀伊続風土記(きいぞくふどき)で「鳴水」「鳴滝」という谷から流れる水の意と推測されたように、川に関連した名であるとされます。

【宮崎県】速開都比売神社(はやあきつひめじんじゃ)

速開都比売神社(はやあきつひめじんじゃ)は、宮崎県西都市にある神社です。

山と川に囲まれた場所に存在しており、全国にも5か所しか確認できない「青い鳥居のある神社」としても有名です。

また非常に神秘的な大滝も有名で、水の神にちなんで速開津比売(はやあきつひめ)を祀っています。

速秋津姫をお祀りしている神社:まとめ

以上、速秋津姫(はやあきつひめ)をお祀りしている神社について、紹介しました。

  • 【宮城県】安福河伯神社(あふくかはくじんじゃ)
  • 【群馬県】甲波宿禰神社(かわすくねじんじゃ)
  • 【東京都】日比谷神社(ひびやじんじゃ)
  • 【東京都】隅田川神社(すみだがわじんじゃ)
  • 【千葉県】川口神社(じんじゃ)
  • 【大阪府】都留彌神社(つるみじんじゃ)
  • 【大阪府】彌刀神社(みとじんじゃ)
  • 【兵庫県】湊口神社(みなとぐちじんじゃ)
  • 【兵庫県】由良湊神社(ゆらみなとじんじゃ)
  • 【和歌山県】鳴神社(なるじんじゃ)
  • 【宮崎県】速開都比売神社(はやあきつひめじんじゃ)

速秋津姫(はやあきつひめ)は水の神様なので、青森や北海道でも信仰されているのかと思いきや、案外そんなこともなく関東よりも西側でしか見ることがありません。

もう少し調べてみると、何かしら理由はあるでしょうね。

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ぜひ、今回紹介した速秋津姫(はやあきつひめ)をお祀りしている神社に足を運んでみてください。

実際に現地へ行くことで、新たな事実が分かるかもしれません。


以下の記事は、速秋津姫(はやあきつひめ)のスピリチュアル的な役割について解説した記事なのですが、速秋津姫(はやあきつひめ)が「どんな神様なのか?」詳しく解説しています。気になる方は、ぜひ読んでみてください。


宮崎県の速開都比売神社(はやあきつひめじんじゃ)については、以下の記事で詳しく解説しています。

直接取材をしてきて、その上で書いた記事なので、速開都比売神社(はやあきつひめじんじゃ)の魅力がふんだんに込められた記事になっていると思います。ぜひこちらの記事も読んでください。