吉田松陰は江戸(現在の小伝馬町)にある、伝馬町牢屋敷で最期の時を迎えます。
そして、処刑直前に自分の魂を宿した遺書『留魂録』を完成させます。
この留魂録には、塾生や両親達に充てた感謝とメーッセージが込められていて、その内容は見るものの心を震わせます。
2冊つの留魂録
現在、萩の松陰神社境内にある至誠館でこの留魂録の現物を見ることができます。
この留魂録は松陰の直筆である事は間違いないのですが、久坂玄瑞や高杉晋作らが涙を流しながら読み、その内容を書き写したとされるものとは違います。
実は、多くの松下村塾生の目に触れた留魂録は現在行方不明となっています。
では、至誠館に展示されている留魂録は何なのか?
それは松陰が記した2つめの留魂録です。
松陰は自分の志を伝える遺書が万が一にも塾生の元に届かない事を恐れて、同じ内容の留魂録を2通作っています。
過激な思想を持ち、罪人として捕えられている松陰の遺書となると、幕府の手によって闇に葬られてしまうかもしれない。
松陰はそこまで考え、塾生達に何としてでも自分の最後の言葉を届けようとします。
沼崎吉五郎が守り通した1冊
そこで一通はそのまま塾生に送り、もう一通は同じ伝馬町の牢屋敷にいた沼崎吉五郎に託しています。
沼崎吉五郎は伝馬町の牢名主。
言ってみれば、牢内のボスみたいなものです。
松陰はこの沼崎を信頼していたようで、2通目の留魂録を託し、牢を出たら松下村塾の塾生に届けてほしいと頼んだと言われています。
沼崎はこの約束を守り、島流しで三宅島に送られた後も大事に保管し続け、明治の世になって松下村塾生で神奈川県例になっていたの野村靖の元に届けます。
牢の中で知り合った松陰との約束を完遂する義理堅さ。
現代の私たちが留魂録の実物を見ることができるのは、本当にこの沼崎吉五郎のおかげです。
また、松陰は自分が処刑された後、首を葬る仕事を沼崎吉五郎に託そうとしていました。
そのためにかかる費用と、お世話になったお礼に3両のお金を周布政之助から借りて沼崎に渡してほしいと塾生に頼んでいます。
この事からも、獄中で出会った沼崎を松陰がどれほど信頼し、感謝していたかが分かります。
松陰の遺書、留魂録の内容
松陰が処刑前に伝馬町の牢屋敷で書いた留魂録。
その最初の言葉は高杉晋作や久坂玄瑞ら塾生の魂を震わせる言葉から始まります。
「身はたとえ 武蔵の野辺に 朽ちぬとも 留め置かまし 大和魂」
【私の体が江戸の地で朽ち果てたとしても、私の魂はこの地に置いておく】
冒頭で松陰が門下生に残したメッセージです。
私はいつもこの後に「だから君達が私の意志を継ぎ、時代を変えるために行動を起こすのをこの地で待っている。その時は共に戦おう。」というメッセージがあるように思えます。
この歌は門下生達だけでなく、多くの志士に影響を与える事になります。
ここまでの歌は知っている人も多いと思いますので、その続きの部分も簡単に抜粋してご紹介します。
今日、私が死を目前にして落ち着いていられるのは、四季のというものを考えたからです。
穀物の四季を見ると、春に種をまき、夏に苗を植え、秋に刈り取り、冬それを蔵に入れます。
秋や冬になると、人は皆その年働いて実った収穫を喜び、酒などを造って、村は歓声にあふれます。
未だかつて、秋の収穫の時期に、その年の労働が終わるのを哀しむということは、聞いたことがありません。
私は三十歳。一つも事を成せずに死ぬことは、穀物が未だに穂も出せず、実もつけず枯れていくようなものかも知れません。
しかし私は、私なりの穂を出し花が実ったと思っているので悲しんではいません。
何故なら人の寿命には定まりがなく、穀物のように決まった四季を経ていくようなものではないからです。
十歳にして死ぬ者は、その十歳の中に四季があります。
二十歳には二十歳の中に四季があり、三十歳には三十歳の中に四季があり、五十歳や百歳にも、その中に四季があります。
私は三十歳、四季は己に備わり、また穂を出し、実りを迎えましたが、それが中身の詰まっていない籾殻(もみがら)なのか、成熟した粟なのか、私には分かりません。
もし、同志のあなた方の中に、私のささやかな真心に応え、それを継ごうという者がいるのなら、それは私のまいた種が絶えずにまた実りを迎えることです。
同志の皆さん、このことをよく考えてください。
参考文献 出版:講談社学術文庫 訳:古川薫『吉田松陰 留魂録』
この文章からは、やるべきことはやりきったという、松陰の人生観が窺えます。
そして、『私の死を悲しむのではなく、志を継いでほしい』と残しています。
松陰の手紙には『死を恐れていない』という言葉が出てきます。
時代を担う若者の奮起に繋がるのであれば、自分はその礎になる。
吉田松陰の手紙からはそういった思いを感じ取ることができます。
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