「徳川家」の記事一覧

松平信康の切腹の真実!築山殿(瀬名)と内通して家康を裏切ったというのは本当か?

徳川家康には合計11人の息子がいましたが、彼らが一堂に会したことはありません。 家康は一般的に子供に対して厳しい父親だと言われていますが、確かに上の息子達に対しては少し辛く当たっているような一面が見られます。 特に有名な・・・

藤堂高虎:転職を繰り返し成長した男が仕えた主君たち!

戦国時代、武士がコロコロ主君を変えるというのは決して珍しいことではありませんでした。 仕える主君を間違えたらそのまま死なんですから、当然といえば当然ですね。   「武士は二君に見えず」という言葉が現実になったの・・・

酒井忠次ってどんな人?若き日の徳川家康を支えたの老将の晩年!

徳川家康と三河武士といえば苦楽を共にしてきた一心同体の仲間意識が強い集団というイメージがありますが、それはどこまでが真実なのでしょうか?   三河武士は家康が若い頃から長きに渡って仕えた武将が数多く名を連ねてい・・・

徳川家康の逸話をまとめて人柄を分かりやすく紹介!

学校では、戦国時代を終わらせた天下人は織田信長・豊臣秀吉・徳川家康の3人だと習いますね。 当時の常識を超えた発想で道しるべとロマンを与えた織田信長、低い身分から武士のトップにまでのし上がった豊臣秀吉と違い、徳川家康の天下・・・

石川数正が豊臣秀吉の元へ出奔!いなくなって得(損)をしたのは誰だ?

石川数正は元々徳川家康の幼少期からの側近でしたが、小牧長久手の戦いの後に突如出奔。 長年仕えた徳川家を裏切って秀吉に仕えてしまいます。   その理由は諸説ありはっきりしたことはさっぱりわかっていませんが、これが・・・

徳川家康・今川氏真・井伊直虎の転機となった武田信玄の駿河侵攻!

「桶狭間にて今川義元戦死。討ち取ったのは尾張の織田信長!」   その報せは当事者である織田や今川だけでなく、周囲の大名達にも大きな衝撃を与えました。 特に今川と同盟を結んでいた武田・北条にとっては外交方針を再考・・・

今川義元の配下だった頃の松平元康(徳川家康)の苦難!

応仁の乱から150年続いた戦国時代を終わらせた徳川家康。 実は、彼が天下を狙える立場になったのは豊臣政権に入ってからの話で、若い頃は人質として苦労続きの生活を送っていました。   では、家康の人質生活はどんなも・・・

関ヶ原の戦いで石田三成がで徳川家康に敗れた敗因は何?

日本の歴史上、最大の天下分け目の戦いである『関ヶ原の戦い』。   石田三成が事実上のトップとなった西軍が挑むのは徳川家康が擁する東軍。 しかし、誰しもが長期戦を予想していた中、本戦はたったの半日で勝負が決してし・・・

真田丸で星野源演じる徳川秀忠の性格と評価!!

  徳川秀忠といえば、何を隠そう徳川家康の三男で江戸幕府の二代将軍です。   しかし、彼は他の兄弟達と比べるとその活躍はどこか乏しく、偉大な初代に次ぐ二代目の宿命といいますかどこか地味な印象を受けます・・・

結城秀康は鼻が欠けていた?家康に嫌われた次男の性格と逸話!!

家臣である三河武士とは強い絆で結ばれていたとされる天下人・徳川家康。   しかし、数多くいた息子達とは必ずしも仲が良かったとは限りませんでした。   天下人の息子とはつまり国を担う後継者、そこは家康も・・・

戦国最強と言われる本多忠勝と三国志の張飛の共通点!!

戦国最強と謳われ、大河ドラマ「真田丸」でも真田に立ち塞がる徳川の重臣として活躍が描かれている本多忠勝。   彼は14歳で初陣を飾って以来、生涯無傷という凄まじい逸話が残されているほどの武将です。   ・・・

上田城攻めで総大将を務めた鳥居元忠の伏見城での最期と血天井!!

  戦国の世を終わらせ、江戸幕府の開祖となった徳川家康。   彼を支えたのは本多忠勝、榊原康政、酒井忠次、平岩親吉ら忠烈無比の三河武士達でした。   家康には人心掌握や謀略に長けた老獪な一面・・・

徳川家康の頼れる側室・阿茶局!!大坂の陣での和議の功績!!

日本の過去の風習に側室というものがあります。   正室が第一夫人であれば、側室は第二夫人、第三夫人という扱いです。   江戸幕府を開いた徳川家康には正室・側室合わせて二十人ほどの妻がいました。 &nb・・・

本多正信と本多忠勝の関係は?家康が友と呼んだ参謀の逸話!!

徳川家康の天下取りを支えた人物は多々いますが、その中でも参謀として知略の限りを尽くした本多正信と、戦場で傷一つ負わなかったとされる四天王の本多忠勝の功績は有名です。   この2人は同じ本多姓を持っていますが一体・・・

石川数正が徳川家康を裏切って秀吉についた理由!!

徳川家康が人質として今川義元の元に居た時期から家康を支え続けた家臣・石川数正。   徳川家康が人質として織田家や今川家を転々としている頃から傍に仕えていたわけですから、まさに旧知の友と呼べる間柄です。 &nbs・・・

このページの先頭へ