「戦国時代」の記事一覧

今川義元の配下だった頃の松平元康(徳川家康)の苦難!

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応仁の乱から150年続いた戦国時代を終わらせた徳川家康。 実は、彼が天下を狙える立場になったのは豊臣政権に入ってからの話で、若い頃は人質として苦労続きの生活を送っていました。   では、家康の人質生活はどんなも・・・

大野治房は無能なのか?真田丸で武田幸三演じる武将の末路!

真田丸が大坂の陣編に突入してからは、大阪城五人衆を始めとして個性あふれるキャラクターが登場しています。   豪快というよりもただの駄々っ子のような後藤又兵衛。 現代にいたら地域の高校をシメて回りそうな毛利勝永。・・・

織田有楽斎は裏切り者?真田丸で異彩を放つ信長の弟の正体!

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真田丸で豊臣秀頼の側近(相談役?)として登場する織田有楽斎。   真田幸村たち大阪五人衆のことを持ち上げておきながら、本心では全く信頼を置いていない腹黒い人物として描かれています。   実はこの有楽斎・・・

 真田信之の最期の様子と逸話から見えてくる本当の性格!

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真田幸村の兄である真田信之(信幸)。 信之は大坂夏の陣で幸村が亡くなった後も幕府の一大名として生き続けました。   大河ドラマや昨今の歴史マニアが増えたことで信之の存在感は幸村と並んで際立つものとなりましたが、・・・

名刺(木札)でおなじみ!夜討ちの大将・塙団右衛門の豪快な逸話!

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大河ドラマ『真田丸』もいよいよ大詰め、最終章・大坂の陣に突入します。 圧倒的な数を誇る幕府軍に対し信繁がいかなる活躍を見せてくれるか楽しみですね。   信繁と共に戦う大坂五人衆のキャストも明らかになり、塙団右衛・・・

後藤又兵衛を師と仰いだ木村重成!大阪夏の陣での最期の様子!

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戦国最後の戦・大坂夏の陣では、真田信繁を筆頭に豊臣方に付いた人物が数多く戦死していきました。   その中には、信繁の息子・幸昌(大助)のように若年にしてその命を散らせた者もいます。 秀頼の小姓・木村重成もその1・・・

大坂の陣の最中に遊郭通い?薄田兼相(隼人)が橙武者と呼ばれた理由!

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大坂の陣で豊臣家に協力した武士は、真田信繁や長宗我部盛親のように大名格のエリートだった者ばかりではありません。   豊臣家は既に多くの大名から見放されていたことから、地に落ちた浪人や不遇を託っていた大名崩れ、そ・・・

野心家の伊達政宗が徳川家光から絶大な信頼を受けていた理由!

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奥羽の大名・伊達政宗はよく信長・秀吉・家康と同世代であれば天下を狙えるほどの器であったと称されています。   その評判に違わず、政宗は奥羽統一の若き日から江戸幕府の世となった晩年まで天下を取るという意識を崩すこ・・・

関ヶ原の戦いで石田三成がで徳川家康に敗れた敗因は何?

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日本の歴史上、最大の天下分け目の戦いである『関ヶ原の戦い』。   石田三成が事実上のトップとなった西軍が挑むのは徳川家康が擁する東軍。 しかし、誰しもが長期戦を予想していた中、本戦はたったの半日で勝負が決してし・・・

【現代語訳あり】家康を激怒させた直江兼続の直江状の内容とは?

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豊臣秀吉の死後、幼主・豊臣秀頼の後見を任された徳川家康はその立場を利用して露骨に天下への野心を明らかにします。   これに対し、会津にいた五大老の1人・上杉景勝は国許で家老の直江兼続に命じて領内諸城の補修を命じ・・・

細川忠興の歪んだ性格と妻・細川ガラシャの最期の様子!!

Hosokawa_Tadaoki

歴史を知ることの魅力、それは単なる戦の勝ち負けの結果だけでなく政治の仕組みや経済の成り立ち、そして当時の人々の人間味や苦悩・葛藤を知ることにあります。   彼らの人間性を垣間見ることができる一番の側面は結婚生活・・・

宇喜多秀家が五大老に選ばれた理由と八丈島での生活!!

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豊臣政権下で絶大な権力を握った五大老。   関ヶ原の戦いでは彼らの動きがとても重要な役割を果たしていました。   その中で、五大老の筆頭・徳川家康に真っ向から立ち向かったのが備前の宇喜多秀家です。 &・・・

真田丸で注目される名僧・板部岡江雪斎(こうせつさい)の功績と評価!!

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大河ドラマ『真田丸』では今、真田領を巡って豊臣と北条が雌雄を決する時が近づいています。   結論から言うと、北条は豊臣に屈してついに秀吉の天下統一が果たされることとなるのですが、滅亡した北条に仕えていた者は主を・・・

真田昌幸の高野山・九度山での困窮生活と最期の様子!!

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1600年(慶長5年)9月15日の関ケ原の戦いは諸大名の予想を大きく裏切り、僅か半日で東軍の勝利が確定しました。   当初は家康に付くようなそぶりを見せた真田昌幸も結局は家康に付く理を見いだせずに西軍に与しまし・・・

真田昌幸・信繁と信幸が分裂した犬伏の別れとは?

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少なくとも『真田丸』の現時点では一致団結の真田家。   しかし、いざ関ケ原の戦いを迎えると真田家は昌幸・信繁が西軍、信幸が東軍に分かれることとなります。   これを『犬伏の別れ』と言います。これを機に・・・

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