大久保利通の愛人(妾)おゆうは実在の人物?錦の御旗の意味と真偽を解説!

西郷隆盛とともに幕末・明治の日本をリードした大久保利通。

彼には、妻・満寿の他にもう一人愛した女性がいました。

 

その女性の名は『おゆう』。

おゆうとはどんな人物で、どのようにして大久保利通を支えたのでしょうか?

 

今回は明治維新に貢献した大久保を影で支えた、おゆうという女性について詳しくみていきましょう。

 

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おゆうは実在の人物?謎が多い女性が表舞台に出たきっかけ

おゆうは資料が少ないマニアックな人物です。

出身は京都の祇園とされ、東京に住む大久保利通の愛人(妾)となって4人の子供を産んでいます。

(当時は武士が2人の奥さんを持つことは普通のことでした。)

 

なので、実在した人物であることは間違いありません。

 

正妻ではなく愛人のため情報が少ないのが現状ですが、西郷どんでも京都の芸妓として登場します。

そんな彼女が表舞台に出たのが、鳥羽・伏見の戦いで新政府軍が掲げた錦の御旗が作られた時です。

 

鳥羽・伏見の戦いってどんな戦い?

鳥羽・伏見の戦いは、徳川幕府15代将軍・徳川慶喜が征夷大将軍の座を降り、政治の実権を朝廷(皇室)に返したことがきっかけとなって起きた戦いです。

政治の実権を朝廷に返したものの、慶喜はそれでも政治の中心でありたかったので、薩摩と長州が中心となって、幕府を完全に叩きのめし、力を持つ藩が天皇を中心として政治を行うために「王政復古の大号令」を出しました。

 

これに幕府の家臣が反発。

会津藩や新選組とともに、京都で薩摩と長州が中心の新政府軍と戦うことになります。

 

アニメ「るろうに剣心」では、主人公の緋村剣心もこの戦いで活躍したことになっています(笑)。

 

なぜ?どうやって作られた?錦の御旗がもつ意味とは?

鳥羽・伏見の戦いで、幕府軍は勢力が新政府軍を圧倒的に上回っていたにもかかわらず負けてしまいます。

これは新政府軍が最新の兵器を使っていたからというのもありますが、もう一つ大きな理由がありました。

 

それが新政府軍が掲げた「錦の御旗」です。

錦の御旗というのは天皇の軍隊が掲げる旗のこと。

 

色々なデザインがありますが、赤色の錦に金色の日輪(丸)が描かれているものが有名です。

中には天皇家(皇室)を表す紋章として使われる、菊の御紋が描かれているものもあります。

 

画像引用:http://www.archives.go.jp/ayumi/kobetsu/m01_1868_01.html

 

つまり、菊の紋章(錦の御旗)を掲げた新政府軍に対して攻撃を仕掛けるということは、天皇家に弓を引くということ。

旧幕府軍の兵士たちは自分たちが蔑ろにされたことに怒って薩摩藩や長州藩と戦っていましたが、天皇に反逆しようという気は毛頭ありません。

 

そのため、錦の御旗が新政府軍(薩摩&長州軍)に掲げられた時点で、戦意は急速に衰えていきました。

新政府軍に逆らう者は朝廷の敵、つまり「朝敵」と見なされる訳ですから無理もありませんよね・・。

 

Wikipediaには、坂本龍馬の盟友・中岡慎太郎が作った陸援隊で副隊長を務めた田中光顕が、

 

 

錦の御旗を知らしめただけで前線の旧幕府兵達が「このままでは朝敵になってしまう」と青ざめて退却する場面を目撃している。

引用:Wikipedia

 

とあるので、当時の人の天皇を思う気持ちはとても強く、それだけに錦の御旗の効力は絶大だったと言えます。

そして、この錦の御旗にまつわるエピソードに登場するのが、今回の主役であるおゆうです。

 

おゆうが錦の御旗を作ったとされる

旗を作るには、当たり前ですが生地が必要です。

錦の御旗は公家(朝廷に仕える身分の高い者)の岩倉具視(ともみ)が利通と長州藩士の品川弥二郎に頼み、国学者(古事記や万葉集などを研究する学者)の玉松操がデザインを考えたました。

 

そして、これに使う生地を買ってきたのが他ならぬおゆうだったのです。

(おゆうが縫ったという説もありますが定かではありません。)

 

こうして完成した錦の御旗は、王政復古の大号令が出された時に岩倉によって朝廷に納められ、鳥羽・伏見の戦いで大活躍するという訳です。

 

錦の御旗は偽物だった?

実はこの錦の御旗は、『岩倉たちによって適当にでっちあげられたものなのではないか?』という説があります。

なんでも彼らは本物の錦の御旗を見たことがなかったのに、「たぶんこんなもんじゃない?」という感じで作ったとか・・・。

 

策士である大久保利通と岩倉具視であれば、味方の士気をあげるために錦の御旗を急遽作ったと考えても不思議ではありませんよね?

 

ただ、そんな説もある錦の御旗ですが、実物が重要文化財に指定され、佐賀県武雄市で保管されています(靖国神社の遊就館にも戊辰戦争で使われた錦の御旗が展示されています。)。

 

画像引用:http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/182787

 

錦の御旗と呼ばれている旗は他にも存在しており、京都の仁和寺にも絹で作られた金色の旗が保管されています。

こちらはめったに公開されることがないので、もしも見ることができればとても貴重な体験になります。

 

おゆうが買ってきた生地で作られた錦の御旗。

記事内でも触れたように、新政府軍が錦の御旗を掲げると幕府軍はやる気を失い、逃げ込もうとした藩の藩邸からは入城を断られたといいます。

また、近くにいた藩からは朝敵ということで大砲を撃たれるという散々な目にもあったそうです。

 

大袈裟な言い方をすれば、布一枚が日本の歴史を変えたといっても過言ではないかもしれません。

 

まさか自分が買ってきた生地がこんな重要な役割を果たすとはおゆうも思っていなかったはずです。

愛する大久保が幕府を倒すために奮闘する姿を見て、何か助けになればと考えていたのかもしれませんが、おゆうは意外な形で明治維新に貢献したことになります。

 

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