川口雪篷(せっぽう)って実在の人物?西郷隆盛との関係とは?

いつの時代も酒で失敗してしまう人はいるものです。

今回ひも解くのは、それがきっかけで西郷隆盛と親しくなり、やがて西郷家に住みつくことになる川口雪篷(せっぽう)です。

 

川口雪篷は大河ドラマ「西郷どん」に登場する架空の人物だと思っている人も多いようですが、間違いなく実在した人物。

その証拠に西郷隆盛の墓の文字は川口雪篷によって書かれたものです。

 

では、なぜ雪篷は西郷隆盛と同じく沖永良部島に流されたのでしょうか?

そして、なぜ西郷家に住みつくことになったのでしょうか?

 

今回は西郷家の居候となった川口雪篷がどんなことをしていたのかについても調べてみました。

 

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酒好きがたたって沖永良部島に島流し(諸説あり)

雪篷は、代々江戸に勤務していた薩摩藩士の家に生まれました。

陽明学という学問を修め、学者として薩摩藩に仕えるようになりますが、彼は困ったことに大の酒好きでした。

 

ある時、どうしても酒を飲みたかった雪篷は、事もあろうに島津久光が持っていた書物を売り払い、そのお金で酒を買ってしまいます。

 

当然久光は激怒。雪篷は沖永良部島への島流しを命じられました。

 

「敬天愛人」のきっかけ…西郷隆盛との出会い

こうして沖永良部島に流されてしまった雪篷ですが、しばらくして同じく島流しにされた西郷隆盛と出会います。

 

島津久光が徳川家茂の将軍就任に意見しようと京に上る準備をしていた頃、隆盛はこのことが藩内の尊王攘夷派(天皇を政治の中心とし、外国人を日本から追い払おうという考え)を刺激するかもしれないと考え、先回りして問題の解決に取り組もうとしていました。

 

しかし、久光は隆盛が暴動を計画していると判断し、財産を没収された上で沖永良部島への島流しを命じたのです。

 

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隆盛が沖永良部島に島流しになったことを聞いた雪篷は、隆盛に会うために島の役人だった土持政照に仲介を依頼します。

 

希望を失い、心身ともに最悪の状態だった隆盛。

実は優れた書家である雪篷は隆盛に書道を教え、これがきっかけでどんどん仲良くなっていきます。

 

隆盛が有名な「敬天愛人(天を敬い人を愛すること)」の精神に触れたのも、雪篷との交流を通してのことでした。

 

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約束通り? 西郷家に住みついた雪篷

隆盛が薩摩に戻った翌年、雪篷も薩摩に戻ることが許されます。

沖永良部島で酒を一緒に飲むほどの仲になった2人は、何かあったら助け合おうという約束を交わしていました。

 

これを守ってのことなのか、薩摩に戻った雪篷はいそうろうとして西郷家に住みつくことになるのです。

とはいっても、ただのいそうろうではありません。

隆盛が仕事に集中できるよう、留守番役となったのです。

 

雪篷は隆盛に代わり子どもたちの教育を受け持ちます。

それは男女関係なく、女の子に勉強を教えることがよく思われていなかった当時の薩摩では珍しいことでした。

 

酒の失敗が多かった彼もここではとても厳しかったそうです。

他にも西郷家を訪れたお客さんの対応をしたり、書道の腕を生かして書面を書いたりもしていました。

 

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西南戦争勃発!女性と子どもばかりの西郷家を守り通す

雪篷の厳しさは、西南戦争が起こってからも同じでした。

西郷軍の不利が決定的になった時、隆盛は西郷家の下僕(召し使い)である仙太に一本の刀を渡し、自宅に届けるよう命令します。

 

仙太は西郷軍が立てこもる城山を脱出すると、西郷家の人々が避難していた西別府(現在の鹿児島市西別府町)の農業用の小屋に向かいます。

しかし、着いたとたん雪篷に「どうして帰ってきたんだ!」とたいそう怒られてしまったのです。

 

おまけに仙太が戦いの状況をありのままに伝えると、これまた雪篷は大変腹を立てるという有り様。

 

かわいそうに、主人の隆盛から命を受けて帰ってきた仙太は、雪篷から「お前は逃げて帰ってきたんだろう?そんな奴はこの西郷家にはいらないから出ていけ!」と言われ、泣く泣く西郷家を去りました。

 

隆盛の妻の糸に「先生(隆盛)の消息が分かるまでここにいなさい」と説得されたにもかかわらずです。

 

ここまで来るとさすがに厳しすぎる気がしますが…まあ、隆盛のことを思うとこらえきれない思いがあったのでしょうね・・・。

 

隆盛が城山で自ら命を絶った後も、雪篷は女性と子どもばかりになった西郷家を守り続け、72歳で亡くなりました。

彼は隆盛との約束を守り、西郷家の留守番役を全うしたのです。

 

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