米よりもお金!賄賂(わいろ)政治の代名詞とされる田沼意次の生涯と政治方針!

田沼意次といえば、江戸時代後期の敏腕老中として有名です。

創作では池波正太郎の小説・時代劇『剣客商売』で主人公の隠密活動をバックアップする権力者として登場しますが、彼が実際に権力を握ったのは10年にも満たない短い年月です。

 

田沼といえば賄賂政治など、金に汚い悪徳政治家だったという風評が江戸時代から流れていました。

ただ、結論から言うとこれはいわれなき讒言。そして、この印象を作ったとされるのが松平定信です。

 

ではいったい田沼はどのような政治を行い失敗してしまったのでしょうか?

今回は経済感覚に優れたマネーの虎・田沼意次についてみいきましょう。

 

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田沼意次の人生を簡単に解説

 

 

名前 田沼意次(たぬまおきつぐ)

生没年 1719年~1788年

出身 紀伊国

役職 老中

主君 徳川家重→家治

性格 大人しい、型破り

好き 七面大明神(父が好きだった)

嫌い 朱子学の保守的な考え方、贅沢

 

田沼意次は徳川吉宗の出身地である紀伊藩にて下級武士の子として生まれました。

父は吉宗が将軍になるとそれに従って江戸に赴き、幼い意次もそれに従って江戸城に入城、吉宗の嫡子・家重の小姓として幕府に仕えるようになります。

 

吉宗が隠居し家重の時代になると、意次は郡上藩の百姓一揆の鎮圧に貢献します。

この時に意次は民衆が吉宗が行った享保の改革によって百姓ばかりが年貢を搾り取られている現実を目の当たりにします。

 

意次は当時商人が独占的に利益を上げて贅沢を楽しんでいることと百姓の年貢がすべて年貢米であることに注目します。

当時、家重も引退して10代将軍・家治の時代になっていましたが、意次は老中らと共に商業推進を行います。

こうして幕府の財源は潤い商売もどんどん盛んになり、世は年貢米による現物経済から商売による貨幣経済へと移行していきます。

 

しかし、意次の改革は家康以来の伝統的な農業社会を重んじる譜代大名達からは疎まれ、田沼の周囲は徐々に敵が増えてきます。

そこに折悪く飛騨の浅間山が噴火し、意次の政策で金を貯めこんでいた商人が米を買い占めたことによって全国各地で餓死者が増加、そして打ちこわしが起こります。

世間の評判が「田沼憎し」という風に流れていくと、ついに江戸城内で意次の息子・意知が殺されるという事件が起こります。

 

命の危機が迫っているにも関わらず意次は危険を顧みずに出仕を続けます。

意次がここまでやってこれたのは将軍・家治の厚い信頼があってこそでした。

 

しかし家治が病に倒れるとその地位も危うくなっていきます。

意次は毎日家治の見舞いに行きましたが、そのうち家治の容態が悪化すると「田沼が毒を盛った」と噂されるようになります。

 

そしてついに意次自身が病に倒れます。

それでも意次は改革を進めようと病を押して出仕しますが、松平定信によって幕府の周囲は固められておりついに田沼は失脚させられます。

 

失脚後も常に監視され、領地も全て没収されてしまいました。

最期は江戸の屋敷にてひっそりと亡くなります。

 

お金の力で財政を潤したマネーの虎

江戸時代の三大改革といえば、徳川吉宗の享保の改革、松平定信の寛政の改革、水野忠邦の天保の改革の3つを指します。

 

彼らの共通点は皆初代家康からず~~っと続けてきた年貢米と質素倹約という厳しい身分制を基本としたことでした。

普通、年貢米は領地の民から徴収するとそのまま藩の収入になり一部が幕府に納められます。

しかし田沼意次の時代の100年くらい前から年貢米はず~~っと幕府が各藩に指定していたノルマより収益が低く、そのために藩は年貢アップを続けてきました。

これで藩や幕府の財政維持のために農民だけが苦しむという状態が続いていたのです。

 

田沼意次の改革は、着眼点が米ではなくお金だったことが最大の特徴です。

吉宗の時代から既に日本は文化や商売が成熟期を迎え、街ではあちこちで商人が贅沢を楽しんでいました。

ならこの好景気に乗っかってお金を幕府の収益にしちゃおうというのが意次の考えでした。

 

意次はまず利益を上げている商人を集めて株仲間という商業組合を作らせます。

幕府が指定したグループには特別に商売を拡大することを許可する代わりに、通常よりも多くの税金を納めるように命じます。

 

利益さえ上げれば税金なんて怖くないので、商人もますます頑張って金儲けをします。

するとお金による幕府の収入はどんどん上がっていき、ずっと貧乏だった幕府の財政は潤っていきます。

この過程で東西で金銀の二種類に分かれていた貨幣の両替を無くすために統一貨幣を作ったりもしています。

 

日本国内の商人だけでなく、意次は海外にも目を向けていました。

江戸時代といえば家光の時代から鎖国によって貿易をかなり制限していましたが、意次は長崎出島の貿易版図と拡大することを奨励、特に中国・清との間に強い貿易ルートを築きました。

 

この時に日本から輸出していた海産物を俵物といい、特にフカヒレ・干しアワビ・干しナマコの三点を俵に入れて輸送していました。

その見返りとして日本は漢方薬を生糸を入手しており、中国の商品作物経済にも貢献していたのです。

当然、生糸や漢方薬は日本では高値で売れていたので呉服屋や薬師問屋が儲けていたのは言うまでもありません。

 

こうしてみると、意次は明治維新から現在まで続いている資源に頼るよりも産業や貿易に力を入れていこうという資本主義経済的な考えを持っていたのかもしれません。

 

これだけあった田沼時代の功績!!

意次は経済方面だけでなく、貿易を通じて学問にも発展をもたらしています。

この時代に日本では蘭学と呼ばれるオランダを通じて伝わったヨーロッパの学問が流行しています。

 

エレキテルの平賀源内、『解体新書』の杉田玄白などがその代表ですが、意次は蘭学を手厚く保護し学問や技術の発展を助けたのです。

特に平賀源内は意次の個人的な友人でもあり、人材登用も自分が下級武士の出身だったこともあり身分にこだわらず開放的に行いました。

 

こうした顔が広く身分に囚われないという人物像が、冒頭の『剣客商売』でのキャラクター設定に影響を与えているのかもしれないですね。

 

また函館五稜郭や明治政府に先立ち北海道開発を計画したのも意次でした。

当時から日本とロシアは軍事衝突になってもおかしくない状態で、意次は防御拠点を築くために開発を計画しロシアとは交易によって友好関係を築こうともしました。

中国・ロシアという大国を目の前にして田沼はより広い視野で世界を見ようとしていたのです。

 

松平定信との関係と失脚

しかし、こうした田沼のおよそ武士らしくないやり方に反発する大名は少なくありませんでした。

特に家康以来の譜代大名はお金が増えても自分の年貢米による税収が増えないこと、またお金をとやかく言うこと自体が武士にとっては恥であるという考えから、意次を商人(あきんど)だと言って嫌っていました。

その筆頭が松平定信です。

 

定信は徳川吉宗の直系の孫で、一時は将軍候補にもなったと言われる徳川家とは近い血縁関係の出身です。

それに朱子学を好んでいたので意次のようなやり方は気に入らず、また個人的に意次を恨んでいました。

 

しかし定信は自分の出世のために意次に賄賂を送ったこともあり、実は賄賂を送ったのは定信自身だったのです。

自分のことを棚に上げて悪口ばかり言う定信を、意次も嫌っていたことでしょう。

 

実は定信の将軍就任を邪魔したのは意次だともいわれています。

悪口しか言わない定信に将軍になってもらっては改革ができないと感じた意次がわざと外したとする説ですが、近年では否定されています。

いずれにせよ、2人は険悪な仲だったと理解しておけば大丈夫です。

 

天は定信に味方し、浅間山の噴火で意次の政治に不満が集まると定信は意次を失脚させます。

こうして定信は意次の悪評を流し改革を全否定して再び質素倹約と年貢米の寛政の改革を実行します。

 

その目的は意次時代の経済主義・自由主義を否定し貧富の差が広がった農民の生活を安定させ学問を制限し日本の古き良き武士の支配を取り戻すことでした。

 

しかし身分を問わず倹約を行わせたことから経済の停滞と貿易の衰退を招き、結局失敗してしまいます。

当時人々は定信の見当違いな改革に対しこう風刺しました。

 

「白河の清きに魚も住みかねて もとの濁りの田沼恋ひしき」

 

【意訳】:定信の質素倹約の清廉潔白な政治は今となってはただの息苦しい場所に過ぎず、昔の意次がいた頃のよどんだ沼が恋しいなあ。

※白河・・定信の領地・白河藩のこと。

 

まとめ

いかがでしたでしょうか?

日本は現代こそ資本主義経済でお金を大事にしますが、ほんの200年ちょっと前までは商売なんて醜い人間がすることだから民は一生田植えをしてなさいなんて価値観が一般的でした。

 

田沼意次はこの時代の閉鎖的な社会に対するチャレンジャーだったのです。

彼が考えた制度は政治的には定信に全部否定されていますが、実際は意次時代の蘭学は幕末まで流行し明治維新の原動力にもなっています。

 

それに現実的に外国と向き合う必要性がもうこの頃からじわじわと見えてきており、結局意次がやろうとした海外への対策が生きてくることになるのです。

もし意次が生まれるのがもう少し遅く幕末の動乱期に活躍していたら、幕府が近代的な考えを持った政治機構となりもっと早く維新が進んでいたかもしれないですね。

 

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