政次ロスに注意!小野政次の最期と史実が伝える本当の姿!

おんな城主直虎の中で存在感を放っている小野政次。

高橋一生さんの魅力もありますが、無名の武将(マイナー中のマイナー)がここまで人気を集めるのも珍しいですよね?

 

ご存知のように、小野政次はおんな城主直虎によって「善」のイメージが確立されたキャラクターですが、それまではどういった人物とされていたのでしょうか?

お家乗っ取り騒動と、その後に迎えた哀れな最期を解説します。

(ネタバレ含みます。)

 

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史実での小野政次

「おんな城主 直虎」では、憎まれ役に徹しながらも井伊家筆頭家老として最期まで直虎を支えた小野政次。

これは大河ドラマの中での解釈ですが、史実では180度変わった人物として後世に伝わっています。

 

小野政次は井伊家の筆頭家老であった小野和泉守政直の嫡男として誕生。

生誕した年などは伝えられていません。

 

1554年(天文23年)に政直が死去すると、家督を相続して父と同じく筆頭家老となります。

井伊直満を謀殺したとされる父と同じく、謀略をもって井伊家を抑えようとする傾向が強く、1562年(永禄5年)井伊直親が徳川と内通して今川への謀反を企てていると今川氏真に訴え、結果的にその家臣である朝比奈泰朝に討たせることに成功します。

 

その後、武田軍の今川領侵攻と前後して、今川氏真より直親の子である虎松の殺害を命じられて挙兵。

井伊谷に攻め上がっています。

 

政次の軍勢は井伊谷を制圧しますが、危険を察知していた虎松は事前に逃亡。

今川氏は井伊家当主である直虎が持っていた地頭の地位を剥奪し、井伊谷を今川直轄領とします。

 

小野政次の最期

そして、代官に任ぜられたのが小野政次で、井伊家が持っていたこの地の支配権を横領することに成功します。

しかし、武田軍に呼応して遠江に侵攻してきた徳川家康の軍勢が、近藤康用、菅沼忠久、鈴木重時ら「井伊谷三人衆」を味方に付けて井伊谷を攻撃。

 

政次は逃亡し、小野による短い井伊谷支配に終止符が打たれます。

程なくして逃亡した政次は捕らえられますが、これには諸説あり、菅沼忠久の兵に見つかって捕らえられたとするもの、近藤康用が洞窟に潜伏していたところを捕らえたとするもの、などが伝えられています。

 

1569年(永禄12年)捕らえられていた政次は処刑。

その子らもその一月後に処刑されたと伝えられています。

 

これらについては、主に江戸時代後期に書かれたとされる史料に基づいているため、その正確さに関しては今も議論が続いていますが、政次に関しては全体的に「奸臣」との印象づけが強くなされています。

 

野心を持って井伊家を乗取った政次ですが、明智光秀のようにその天下が1ヶ月程度のもので、その結果処刑されたなると、何とも哀れな最期です。

 

大河ドラマでの「小野政次」

これに対して、大河ドラマ「おんな城主 直虎」で描かれている政次像は、「奸臣を装った忠臣」となっています。

直親謀殺も井伊家全体の安寧を考えてのことであり、その後の徳川侵攻に関しても、裏で内通して最終的に今川を裏切る腹づもりであったという設定です。

 

あくまで井伊家筆頭家老として、井伊家とその領地を守ること(ドラマでは直虎を守ること)を第一とし、そのためには自分はあくまで汚れ役に徹しようとする態度を貫いています。

「エンターテイメント性を重視する」としたドラマの企画意図に沿った形で人物像が描かれていますが、完全にフィクションであるかというとそうでもなく、最近の研究結果に基づく点も含まれているようです。

 

ドラマでの資料提供者でもある、歴史学者の夏目琢史氏は自著で従来の政次像に関する疑問を呈しており、これらも脚本づくりのうえで考慮された可能性があります。

 

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大河ドラマ内での最期と「なつ」へのプロポーズ

大河ドラマの後半、直虎を含めた井伊谷の人々が大きな動きに巻き込まれ、それぞれが新たなステージに入っていくことになりますが、そのターニングポイントとして、「政次の死」は印象的なものとなっています。

 

まずは、弟・玄蕃の妻だった「なつ」との交わり。

近藤の裏切り行為が発覚する前。

今川の支配という長年の軛から脱することができ、自分の役目が成就したと思った時に政次が心を開いたのがなつでした。

 

最後を迎える前、政次はなつへプロポーズ。

職務に対して常に寡黙だった政次らしいといえばそれまでですが、これが逆に世間でいうところの「死亡フラグ」となってしまいます。

 

ただ、このエピソードがあることで隠れ里でのシーンが生き、自らの死をもって井伊を救おうとする政次の心情が痛い程伝わってきます。

この時点で武家の女であるなつも当然ながら政次の決意を理解していたハズ。

お互い、それを口に出すことなく、残り少ないわずかな時間を共有しようとするシーンは非情に美しく描かれています。

 

近藤の計略にはめられた直虎を救うために自ら捕縛された政次は、龍雲丸が助けに来ても、自分が犠牲になり、井伊家の捨て石になることを選びます。

そして、磔(はりつけ)となり最期を迎える間際。

自ら行ってきたことを後悔するのではなく、すがすがしさすら感じて処刑の場に赴こうとする政次。

 

自分を売った近藤を恨むのではなく、むしろ哀れに思うのですが、この点は後に直虎が戦国の理に無常観を感じることに通じます。

政次の死により、直虎をはじめ井伊谷の人々は悲しみと絶望に近いものにさいなまれるが、それを乗り越え新たなステージに進むという点からも、ターニングポイントとして大きな意味を持つエピソードです。

 

まとめ

おんな城主直虎の中で小野政次の存在はとても大きく、高橋一生さんなしでは成り立たなかった役ではないかと思います。

流行りの言葉を使うと、かなりの人が「政次ロス」になってしまったんじゃないでしょうか?

 

これから小野政次の名前が出る時は、多くの人が高橋一生さんの政次をイメージすると思います。

史実とはかなり異なった設定ではありますが、エンターテイメントとして割り切るならコレはコレであり・・・・なのかもしれませんね・・・?

 

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