おんな城主直虎 第31話「虎松の首」あらすじとネタバレ!

30話で徳政令の発布を撤回するように関口の元を訪れていた領民たち。

騒ぎが大きくなる前に政次が一計を案じ、直虎を捕えて領民の前に引き出します。

 

果たして政次は何を考えているのか?

そして「虎松の首」というショッキングなタイトルの意味とは何なのでしょうか?

 

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31話「虎松の首」あらすじ

宿舎前に集まった領民を次々と打ち据える関口の家来たち。しかし、どんなに打ち据えられてもなお、領民たちは徳政令の発布に反対の声を上げ続けた。

堪忍袋の緒が切れたのか、関口の家来の一人が刀の鞘を抜いた。

 

まさにその刃が振り下ろされようとしたそのとき、

「お待ちくださいませ」

直虎の襟首をもって引きずりながら政次が現れた。

 

集まっている領民たちの方へ顔を向けさせると問い詰めるように言った。

 

「これは殿が仕組まれたことか!」

 

驚く直虎と、「殿のせいじゃない」とかばう領民たち。

政次はそれに対して、それでは成敗される覚悟はできているのだな、と畳みかけるように挑発する。

 

このまま犠牲者が出てしまうのか。

「俺を信じろ。おとわ」

 

先ほど政次が囁いた言葉が脳裏をよぎる。

直虎は事態を収拾するためにその場で徳政令受け入れを宣言する。

受け入れるゆえ、この者たちをどうか見逃してほしいと懇願する。

 

「関口様に取り次ぎ願えるか?小野但馬が目通りを願うておる、と」

政次はこの機を利用して、今川側が持っている自分に対する疑念を晴らそうとしていたのだ。

 

領民たちを村に帰すと、直虎は政次とともに関口の前で徳政令受け入れの書状に署名と花押を記した。

屈辱にひたすら耐えながら。

 

手続きを終え館へ戻った直虎は、祐椿尼をはじめ家門のもの一同を集め、井伊が取り潰されたことを伝える。

皆が驚き、不安がっているところへ、政次が関口の家来と小野の郎党を引き連れて現れる。

 

とりあえず目的を達した関口は駿府に戻ることになったので、政次が代わって村々へ徳政令の発布を告げてまわり、井伊の者を追い出しにかかっていたのだ。

館の明け渡し勧告に、直虎は抵抗することなく率先して従った。直之に皆を隠し里に避難させるよう指示を出すと、六左衛門とともに虎松、直久らのいる龍潭寺に向かった。

 

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直久、亥之助と手習いをしていた虎松だったが、息せき切ってやってきた直虎の様子にただならぬものを感じた。

直虎は虎松と直久の手を取ると、急ぎ寺を後にした。

「野遊びじゃ!行くぞ」

 

取り残された亥之助は昊天から井伊取り潰しの話を聞き、直感でこの件に叔父である政次が関わっていると悟った。

居てもたってもいられなくなった亥之助は館へ走った。

 

配下の郎党らに指示を出していた政次を見つけた亥之助は、その真意を問いただそうとするが逆に不服なら出て行った方がよい、と言われてしまう。

これまで井伊のために尽くしていると信じてきた叔父への失望。

母も嘆き悲しんでいるに違いないと小野の屋敷に駆け戻った亥之助は、平然と政次の荷物をまとめているなつの姿に驚く。

 

井伊に対する裏切りを許せないと声をあらげる亥之助になつは言い聞かせた。

「ここにおればこそ、分かること、知らせられることもありましょう」

 

一方、隠し里についた直虎は、一同を前に井伊はすぐに復活すること、年内に徳川が侵攻してくるが既に井伊は徳川と通じていることを明かした。

また、政次とはこのことは示し合わせ済みであることも明かしたが、直虎の予想に反し、皆うすうすそのことには気づいていた。

 

井伊の取り潰しに成功した氏真だったが、頼みとしていた上杉の援助は武田の調略が功を奏し当てにできず、状況はさらに悪化していた。

危機を打開するため、小野をはじめとする国衆の協力を得たいという関口の言は、虎松を斬首せよとの命の前にかき消された。

 

しかし、この事態を予期していた直虎と南渓は、虎松を落ち延びさせる手はずを整えていた。

身を隠すように言われた虎松は反発したが、かつて父・直親が逃げ延びたことにより井伊は希望がつなげたと説く直虎に従うことに決める。

 

六左衛門を護衛役に虎松は井伊谷をあとにするが、それと入れ違いになるかのように、氏真の命を受けた関口が戻ってきた。

小野の郎党が龍潭寺を探したが、虎松の姿は見当たらない。

南渓に虎松出立の報告をしていた直虎は寺の一室に軟禁される。

 

その翌日、突如庭に連れ出された直虎は、「虎松の首をあらためよ」との命を受ける。

関口とその家来、政次と郎党たち、南渓や領民たちが見守るなか、直虎はおかれた首桶を開けた。

そこにあったのは厚化粧された子供の首だった。

 

これでは誰だか分らぬ、と怒鳴る関口の家来に対し、政次は、虎松が疱瘡を患いひどい顔だったのでこうするのがせめてもの礼儀であるとした。

そう、その顔は虎松とは全く別人のものだった。

政次の計略で、流行り病で助からない子供の首をはねて、虎松の首としたのだ。

 

気の短い関口は、あえて化粧を落としてあらためなおすことをよしとせず、それを「虎松の首」と認めた。駿府に持ち込み流行り病が広がるので、この地に埋葬することも許した。

 

皆が引き上げたあと、目に涙をためつつも、一心不乱に穴を掘る直虎の姿があった。

井伊のために命を捧げてくれたその子の行いに報いるためにも、井伊復活への決意を新たにする直虎だった。

 

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