おんな城主直虎の傑山(けつざん)と昊天(こうてん)は実在の人物?

おんな城主直虎の登場人物の中で強烈なインパクトを残しているのが南渓和尚率いる龍潭寺の僧たち。

その中でも傑山(けつざん)と昊天(こうてん)は物語にも深く関わってきます。

 

僕は最初、この2人は実在した人物ではなく、おんな城主直虎のオリジナルキャラクターだと思っていました。

ただ、調べてみると傑山も昊天も実在した人物で、龍潭寺の僧でありながら小牧長久手の戦いにも参戦していたほどの手練らしい・・。

 

小牧・長久手の戦いと言えば徳川家康と豊臣秀吉の対決で、井伊直政が森長可と池田恒興を打ち破って名を挙げた戦い。

その戦いに武士ではない傑山と昊天が参戦していたとなると、当時の僧兵は武士にも負けない戦闘力を持っていたことが分かりますね。

 

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傑山とは?

市原隼人さん演じる傑山は怪力の武闘派として描かれていますが、実際は強弓(こわゆみ)の名手だったようです。

強弓とはメッチャ威力のある弓矢を放つ人。

 

現代で言えば大谷翔平投手のように豪速球を投げるピッチャータイプです(笑)。

 

威力の強い矢を放つということは、張りの強い弓を操るということ。

つまり体格がよく、力もあったということになるので、まさに市原隼人さんのイメージがピッタリとハマる人物だったのかもしれませんね。

 

僧というのは仏に仕える身なので、争いや戦いといったこととは無縁のような感じもします。

ただ、戦国時代のお寺というのは自衛のためにも、どうしても武力を持っておく必要がありました。

 

織田信長が焼き討ちにしたことで有名な比叡山延暦寺にも多くの僧兵がいたことが知られていますよね。

つまり、戦国時代のお寺は、何だかんだ言っても最後は武力に頼らなければいけない状態にあったというわけです。

 

もちろん、体を鍛えることが修行の一環であったことも間違いないと思いますが、いざとなれば戦うこともやむを得ないというのが本当のところだったはずです。

 

それを表すかのように、傑山は南渓和尚の名を受けて昊天とともに小牧長久手の戦いに参戦しています。

つまり、戦場に出てバチバチに戦ったということです。

 

この小牧長久手の戦いでは、井伊直政が森長可と池田恒興の軍勢を破って名声を轟かせますが、その指揮下に龍潭寺の僧である傑山と昊天がいたと聞くと、何とも不思議な感じがしますね。

 

関連記事→井伊直政(虎松)の性格と評判!家臣に嫌われた悲しい最期とは?

 

もちろん、傑山は戦に参戦するだけの怪力自慢ではなく、龍潭寺の住職にもなっているので、僧としても優秀な人だったことがわかります。

当時の井伊家と龍潭寺の結びつきはかなり強かったようなので、傑山の存在は直虎だけでなく直政にとっても心強かったに違いありません。

 

妙心寺の住職に登りつめた昊天

大河ドラマの中では俳優の小松和重さんが武闘派というよりもクールな頭脳派を演じている昊天(こうてん)。

しかし実際のところ昊天も、とても武芸に優れていた人物だと言われてます。

 

やはり、当時の僧は武芸を極めることも修行の一環だったんでしょうね。

薙刀の腕に優れていた昊天も、傑山と同じく小牧・長久手の戦いに参戦しています。

 

そして井伊直政が彦根に移って亡くなった後には、彦根に龍潭寺を開創。

(ちなみに石田三成の居城だった佐和山城のある佐和山は彦根龍潭寺の所有だそうです。)

 

さらに、京都にある臨済宗妙心寺派の大本山である妙心寺の住職にもなっています。

妙心寺の住職ってかなり格のあるポジションだと思うので、昊天が南渓和尚の右腕的存在で描かれているのも頷けますね。

 

まとめ

おんな城主直虎のオリジナルキャラクターだと思っていた傑山と昊天ですが、実在した人物で小牧長久手の戦いにも参戦していた僧兵だったことが分かりました。

 

しかも昊天は妙心寺の住職を努めたほどの名僧。

うちの宗派は臨済宗妙心寺派なので、意外なところで縁を感じてちょっと嬉しくなりました。

 

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