井伊直親(亀之丞)の悲しい最期と直虎と結婚できなかった理由!

『おんな城主 直虎』に登場する井伊直親(亀之丞)。

三浦春馬さん演じる亀之丞は井伊直虎の婚約者として登場していますが、その人生は波乱に満ちたものでした。

 

今川義元や武田信玄、徳川家康といった強大な力を持った戦国大名に翻弄された井伊家。

その中でも特に波乱万丈の人生を送ったのが亀之丞ではないかと思います。

 

今回は、亀之丞がどういった人物なのかということと、井伊直親と名乗り、井伊家の当主となってた後に迎えた壮絶な最期を紹介します。

 

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井伊直親(亀之丞)とはどんな人物?

まずは亀之丞の略歴をみてみましょう。

 

  • 直虎の父親・井伊直盛の叔父・直滿の子供として亀之丞が生まれる(直虎と又従兄弟)。
  • 直盛が亀之丞を直虎の婿にして跡を継がせることを決める。
  • 小野政直の謀略で父親の直満が今川義元に処断され、亀之丞にも命の危機が迫る。
  • 亀之丞は許嫁の直虎を残して逃亡。
  • 途中で右近次郎(おこのじろう)という弓の名人に見つかるも、長野県の松源寺に逃げ延びる。
  • 約10年間を長野の伊那谷で暮らし、現地で妻を娶る。
  • 父の仇であった小野政直が病没したため伊井谷に帰還する。
  • 井伊直盛の養子となる。
  • 直虎とは結婚せずに奥山朝利の娘と結婚。後に虎松(井伊直政)が生まれる。
  • 養父の井伊直盛が桶狭間の戦いで戦死し、直親が井伊家の当主となる。
  • 小野直政の子供・政次の密告によって今川氏真に成敗される。

 

こうしてみると、戦国時代とはいえ権力闘争に巻き込まれて命を狙われるという、とても辛い宿命を背負っていたことが分かる人物ですね。

 

ではもう少し詳しく亀之丞に迫ってみましょう。

 

亀之丞と直虎との関係

亀之丞は井伊家の当主だった井伊直盛の叔父の子供。

直虎とは又従兄弟(はとこ)同士でした。

 

子供が女性の直虎だけしかいなかった直盛は、亀之丞の聡明さを見抜き、直虎の婿養子として井伊家を継がせることにします。

 

しかし、それをよく思わなかったのが、同じ井伊家の家臣で家老職にあった小野和泉守政直

政直は自分の息子である政次を直虎と結婚させて井伊家を自分の思い通りにしたいと考えていました。

 

そこで考えたのが、亀之丞の父親である井伊直満を排除すること。

政直は直光が謀反を企てていると嘘の情報を今川義元に伝え、それを信じた義元は直満を呼び出して処断してしまいます。

 

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この時、直満の子供であった亀之丞も成敗せよという命令が下されていますが、直満の家臣の今村藤七がいち早く亀之丞を逃したため、何とか危機を脱出しています。

 

その後、南渓和尚の手引きもあって長野県の松源寺に向けて逃走。

途中で右近次郎(おこのじろう)という弓の名人に追いつかれ、放たれた矢で命を落としそうになる場面もあったようですが、何とか無事に松源寺にたどり着いています。

 

長野での暮らしは約10年続き、この期間、亀之丞が直虎が会うことはありませんでした。

 

直虎からすれば命の危険があったとはいえ、突然許嫁が目の前からいなくなり10年間も音沙汰なし。

戦国時代の結婚適齢期は10代なので、女性として一番大事な時期に許嫁を失ってしまったことになります。

 

亀之丞は逃亡中の長野で結婚し、子供も生まれています。

そして、井伊谷に帰ってきてからも直虎と結婚することはなく、奥山朝利の娘と結婚しています。

 

戦国時代の恋愛観は現在とは全く違うと思いますが、この時直虎はどういう気持ちだったのでしょうか?

直虎は亀之丞の逃亡中に出家していますが、亀之丞が帰還したのであれば還俗して結婚することも可能だったはずです。

 

それでも亀之丞と一緒にならなかったのは、『一度仏門に入った以上、許嫁が帰ってきたからといっておいそれと還俗して結婚することはできない。』という、直虎の意地があったからではないかと思います。

もしかすると、年齢を重ねたことで結婚というものに魅力を感じなくなったのかもしれませんね?

 

まあどちらにしても直虎の『女の意地』が、結婚に向かわせなかったのではないかと感じています。

 

ただそうは言っても、亀之丞の息子・虎松(のちの井伊直政)を立派に育てていることから、2人の間には強い信頼関係があったことは間違いありません。

 

亀之丞と直虎は、許嫁や義理の兄弟、幼馴染といった関係よりも、同じ井伊家の仲間という意識が強かったのではないかと思います。

 

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亀之丞から井伊直親へ

亀之丞は井伊直盛の養子となり、名を直親と改めます。

その後に、桶狭間の戦いが起こって今川義元が織田信長に敗北。

 

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そして、この戦いに今川軍の先鋒として出陣していた直盛が討ち死にし、直親が跡を継いで井伊家の23代目当主となります。

 

しかし、直親の父親に謀反の疑いをかけて亡き者にした、小野政直の息子である政次も井伊家の家老職を継いでいて、ここでも親子二代に渡る確執が浮き彫りになります。

 

直親は今川氏真を見限って徳川家康に接近しますが、この動きを政次が氏真に報告。

氏真は直親を駿府に呼び寄せ、その途中の掛川城下で家臣の朝比奈泰朝に殺害させています。

 

駿府へ向かう途中での突然の襲撃だっため、直親は理由も分からないまま最期を迎えたのかもしれません。

これは直親が井伊家の当主になってから僅か1年半の出来事でした。

 

直親の父親・井伊直満は小野政直の謀(はかりごと)で今川義元によって成敗され、直親はそれぞれの息子小野政次の謀で、今川氏真に成敗されています。

 

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これを見ると、井伊家は今川家と小野家に引っ掻き回された家だということができますね。

 

直親は享年27歳。

これから当主として井伊家を盛り上げていこうという矢先のことだったので、直親の無念は計り知れなかったはずです。

 

この後、直虎が還俗して直親の子供である虎松の後見人となり、徳川四天王の一人となる井伊直政に育て上げることになります。

 

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2 Responses to “井伊直親(亀之丞)の悲しい最期と直虎と結婚できなかった理由!”

  1. みどり より:

    直虎とかめのじょうは従兄弟ではなく、再従兄弟姉妹ではありませんか?
    直満は直盛の弟ではなく叔父さんだと思います

    • 三日月 より:

      みどり様

      コメントありがとうございます。

      本当ですね。
      途中でこんがらがってしまったようです。

      該当部分を修正しました。
      ご指摘ありがとうございます。

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