大野治房は無能なのか?真田丸で武田幸三演じる武将の末路!

真田丸が大坂の陣編に突入してからは、大阪城五人衆を始めとして個性あふれるキャラクターが登場しています。

 

豪快というよりもただの駄々っ子のような後藤又兵衛。

現代にいたら地域の高校をシメて回りそうな毛利勝永。

 

そして、くせ者感満載の織田有楽斎と、大坂方のメンバーは超個性派ぞろいです。

 

そんな中でひときわ存在感を放っているのが大野治房。

優柔不断なのか男前なのかイマイチ良く分からない大野治長の弟なのですが、この大野治房を演じている役者さん、どこかで見たことがありませんか?

 

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治房を演じる武田幸三って誰?

大野治房は大坂の陣に突入して益々ヒステリックになった大蔵卿局の息子で、大野治長の弟になります。

 

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常に眉間にシワを寄せて、周囲を睨みつけるように歩いているあの武将と言ったら分かりますよね(笑)。

 

木村重成が後藤又兵衛に対して『あの顔は生まれつきです。』とフォローを入れていたシーンを覚えている人も多いのではないでしょうか?

44話で秀頼が工事中の真田丸に訪れ、再度築城を許した際には秀頼に付き従い、後藤又兵衛と意味のないところで睨み合いをしていました。

 

強面の顔でオーラもある治房ですが、実はこの治房を演じているのは元K−1ファイターの武田幸三さん。

Kー1などの格闘技が好きな人は、すぐにピンと来たのではないでしょうか?

 

ムエタイの現役王者を倒してチャンピオンにもなった筋金入りのファイターなので、あれだけの雰囲気が出せるのも納得。

魔裟斗選手と戦ったり、年末の笑ってはいけないスペシャルなどにも出演していたので、テレビに出ることはあるんだとおもっていましたが、まさか俳優さんに転身されていたとは意外でした。

 

個人的には睨み合いをしていた後藤又兵衛役の哀川翔さん(芸能界では喧嘩最強?)と武田幸三さんが戦ったらどうなるのかと、始まりもしない戦いを予想してワクワクしていました(笑)。

 

武田さんは現役時代もめちゃくちゃかっこよかったですからね〜。

 

・・・だいぶ話が逸れましたが、ではこの大野治房はどう言った人物だったのでしょうか?

大野治長の大坂の陣における活躍を見ていきましょう。

 

大坂方の中では兄・治長と違い主戦派

大野治房は和議を進めるなど保守的な兄の治長とは違って、徹底抗戦主張した主戦派でした。

豊臣軍の敗戦が続く中でも『一戦もしていないのに撤退はできない』といって治長を困らせたという逸話があるほどの、武功至上主義を掲げた武将でした。

 

そのため、名刺でおなじみの塙団右衛門と協力して徳川軍に夜襲を仕掛け、これを見事に成功させるなど一定の武功は挙げています。

 

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ただ、徳川との講和が成立した後に独断で兵を募集したり、埋められた堀を掘り返したりとやることが分かりやすく過激。

そのため、穏健派の兄・治長との溝がますます深まり、治房の家臣が治長の暗殺を企てるという事件まで起こしてしまいます。

 

この計画は未遂に終わり、実際に暗殺は治房が指示したのかどうかは分かっていません。

ただ可能性としてはとても高いので、治房の性格は後藤又兵衛のような豪快かつ無鉄砲なタイプだったのではないかと思います。

 

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ただ、見方を変えれば弱腰の豊臣家の中にあって、あくまでも徹底抗戦して戦で決着をつけようとしていた治房。

治房と治長の立場が逆であれば、もしかすると豊臣方は大坂冬の陣を戦い抜き、もっといい形で和議に持ち込めていたかもしれませんね。

 

治房の最期

治房は大坂夏の陣でも自ら兵を率いて出陣しています。

大和郡山城を攻め、浅野長晟の軍とも対しますが、作戦系統の乱れもありこれと言った戦果を挙げることはできませんでした。

 

しかし、豊臣方が最後の戦いだと腹を括った最終決戦。

実は大野治房は徳川秀忠軍を蹴散らし、大将の秀忠に迫る大活躍をしています。

 

最終的には秀忠の参謀として従軍していてた名将・立花宗茂に限界を見破られて敗走することになってしまいますが、治房の活躍は真田幸村や毛利勝永に負けてはいませんでした。

 

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幸村や勝永ばかりが評価されるのは、辛酸をなめた牢人衆ということが人々の共感を呼ぶからなのかもしれません。

 

現在でも、敗走した治房がその後どうなったのか、その最期の様子はハッキリとは分かっていません。

自害したという説もあれば捕らえられたという説もあります。

 

しかし、治房が生きているという噂が広まり、秀忠が治房捕縛の捜査をしているので、どこかに落ち延びて潜伏していた可能性も高いです。

 

その辺りのことはハッキリしませんが、個人的には大坂方の武将の中では、木村重成と並んで有能だった武将なのではないかと思っています。

 

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