通販で購入可能!真田幸村が九度山で作成したとされる真田紐とは!

真田昌幸と幸村が送った九度山での幽閉生活はとても貧しく困窮したものでした。

 

昌幸が信之にお金を送ってほしいと頼む書状が残っていることなどから、国人領主から戦国大名となった昌幸にとっては本当に辛い生活だったのだと思います。

(意外と自由にのびのびとやっていたらしいという説もありますが・・・。)

 

そんな九度山の困窮生活の中で昌幸と幸村が作成して家計の足しにしていたとされるのが真田紐(さなだひも)。

この真田紐はとても丈夫なだけでなく、色も鮮やかなので装飾用の紐としても使えます。

 

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真田紐とは?

真田紐は鎧兜や刀を下げる際の紐としても使われていました。

紐と言っても、私たちが想像するような丸い形状をしている一般的な紐ではなく、平べったい浴衣の帯のような紐です。

 

その実用性の高さから現代でも使い続けられ、今でもネットから購入(通販)することができます。

値段も1000円くらいなので安いですね。

 

 

コレって紐自体が色鮮やかでお洒落なので、現代のファッションに上手に取り入れたら結構カッコいいですよね?

 

そんな真田紐ですが、『真田紐』という名前がついていると、九度山の蟄居中に昌幸や幸村が考案して作ったものなのかと思いがちですが、実は真田家が発祥という訳ではありません。

 

実際に真田紐と同じ形状の紐は海外や日本国内でも作られていました。

ただ、それを九度山にいた昌幸たちが上手くブランド化させ、売り出しに成功したのが真田紐です。

 

真田丸では幸村の側室となったたか(秀次の娘)が異国から持ち込んだものとして描かれていましたね。

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真田家のオリジナルではないにも関わらず『真田紐』という名前が一般的になっている事を考えると、徳川を2度も破った昌幸と、家康を追いつめた幸村の人気が当時から高かったことが分かります。

 

だって、そうでもなければわざわざ『真田』という名前は使わないですからね。

 

もしかすると、この真田紐のブランディングやマーケティングも昌幸の”策”によるものだったのかもしれません?

この全てが昌幸が計算づくの事だったとしたら、昌幸が現代に生まれ変わったら一代で財を築く、有名なベンチャー企業の社長になりそうです(笑)。

 

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そして、この真田紐がネット通販で手に入る事を知ってから、僕もどういった形かで今の生活の中で上手に利用できないかな?と思っているのですが、イマイチいい考えが浮かんできません。

真田紐は丈夫だし、彩りも綺麗なので、服装の中にワンポイントで取り入れるだけでもかなりオシャレになりそうな気がするんですけどね・・・、ストラップとかにしてもいいかな?

 

これをきっかけに真田紐が世に知られ、日本の文化やアイテムが広がっていけばいいなと思うと共に、自分もこういったモノを現代の生活に上手に取り入れたいと思っているので、何かいいアイデアがある方は教えて下さい(笑)。

 

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