久坂玄瑞と文の結婚と吉田松陰!!

高杉晋作と並び、松下村塾を代表する人物といえば久坂玄瑞です。

 

松陰自慢の弟子であった玄瑞はとても魅力的な人物でした。

 

今回はあまり幕末の歴史に興味のない方のために、井上真央さん演じる文の最初の夫となる久坂玄瑞がどういった人物だったのか、文献に残されているものから幕末ファンの噂まで、久坂の意外な一面を紹介します。

 

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イケメンのお医者様

玄瑞は、母を亡くした翌年に兄と父を立て続けに亡くし、15歳で家督の藩医を継ぎます。

 

当時医者は髪を剃ることが慣例とされていたので、玄瑞も例外ではなく坊主頭でした。

 

身長は六尺で、現在の約180センチととても長身。

 

かつ、坊主頭という出で立ちは人々の目を引くものでした。

 

Genzui_Kusaka

 

藩校の明倫館で学んでいた久坂は、秀才として広く名前を知られていました。

 

後に松陰も語っていますが、とにかく頭が良かったようですね。

 

勉強ができる長身のイケメン。

 

花燃ゆのキャストに東出昌大さんが抜擢されているのも頷けます。

 

 

吉田松陰との出会い

そんな久坂は16歳で九州へ遊学の旅へと出かけます。

 

そこで出会ったのが松陰の親友である宮部鼎蔵です。

 

関連記事⇒宮部鼎蔵 池田屋に散った吉田松陰の親友!!

 

この時に久坂は宮部から松陰の話を聞き、松陰の下で学ぶことをすすめられます。

 

そこで久坂は松陰に宛てて一通の手紙を書きます。

 

秀才として名を知られていた久坂からしてみると、吉田松陰という人物がどれほどのものなのか試してみたいという思いがあったのかもしれません。

 

久坂玄瑞は吉田松陰への手紙の中で、過激な攘夷思想(外国人を斬るという考え)を披露します。

 

しかし、松陰は久坂の書に対して『笑止』、『考えが浅い』、『迷言である』と真っ向から批判し、厳しい論調で返事を書きます。

 

これに久坂は激怒し、「自分の考えを述べただけで、そこまで暴言を吐き、不遜な態度で返事をする必要があるのか?宮部先生や私があなたを優れた人物だと思っていたのは間違っていたようだ。」と返事を書いています。

 

しかし、これはわざと久坂を怒らせるための松陰の策略だったと言われています。

 

若さゆえの勢い

『外国人を斬る』。

 

松陰は久坂が勢いでそう言っているだけで、実際には実行に移すことがないであろうと見破っていました。

 

1人の若者が一時の感情に任せて威勢のいいことを言っている。

 

松陰はそう感じ取っていたようです。

 

そこで松陰は久坂に対して、「外国人を斬るというなら斬ればいい。一度口にしたのであれば絶対に実行するように。実行できなければ私はあなたを非難します。」と突き放しています。

 

威勢のいいことを言うだけでなく、それに行動が伴わないと意味はない。

 

行動できない事は言うべきではない。

 

松陰の考えと見識に魅了された久坂は、松陰の主宰する松下村塾の門下生となっていきます。

 

文をふった?

松下村塾でも玄瑞の秀才振りは目立ったもので、松陰が妹の文の婿にと切望するほどでした。

 

しかし玄瑞は、縁談に乗り気ではありませんでした。

 

その理由は・・・。

 

文の容姿が好みではなかったから・・・。

 

久坂玄瑞が面食いだったのか、文の器量がそれほど良くなかったのかは分かりませんが、松下村塾のイケメンは結婚の条件に相手の外見を重要視していたようです(笑)

 

しかし、そのことを相談した相手に「妻を娶るのに容姿を気にするのか!」と詰められ、しぶしぶ縁談を受け入れたと言われます。

 

そして、多くの花燃ゆファンのイメージを裏切ってしまうかもしれませんが、実は久坂玄瑞と文の間には甘い新婚生活という時間は無かったようです。

 

今とは結婚の考え方も違う時代なので当たり前ですが、久坂は政事に忙しく、女遊びも激しかったと言われています。

 

大食いエピソード

文久3年の正月、知人を訪ねた玄瑞は、出された雑煮餅を30個も食べたという逸話があります。

 

なぜそんなに食べるのか理由を尋ねられると、「近いうちに死ぬだろうから、一生分の餅を食べておく。」と言うものでした。

 

翌年の禁門の変で自刃している事を考えると、この頃から玄瑞にはいつ死んでも構わないという覚悟が出来上がっていたのかもしれません。

 

字の下手な力持ち

仲間との宴会中、芸をすることになった玄瑞。

 

おもむろに傍にいた芸姑を碁盤の上に乗せ、碁盤ごと芸姑を持ち上げてしまったというエピソードがあります。

 

ただでさえ背の高い玄瑞。

 

持ち上げられた芸姑はさぞ恐かったのではないでしょうか。

 

イケメンで力持ち、そしてお医者さんで頭も良いというパーフェクトに見える玄瑞ですが、その玄瑞にも1つだけ欠点がありました。

 

それは字があまり上手くないこと・・・。

 

玄瑞の書はいくつか残されていますが、なかなか癖のある字を書いています。

 

他の志士たちと比べると、独特というかイマイチというのが幕末ファンの定評となっています。

 

久坂玄瑞は明治になって西郷隆盛に、「もし久坂さんが生きていたら、私は参議などと大きな顔をしていられない。」と言わしめるほどの人物でしたが、そんな玄瑞にも意外とユニークな面があったようです。

 

そのギャップがまた玄瑞の魅力だったのかもしれませんね。

 

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