織田信長の小姓として有名な森蘭丸の仕事内容とは!?

小姓とは武将の秘書的な立場で、常に傍らにあり、武将の話し相手になったり身の回りの世話をするなど雑務もこなすポジションです。

 

いざという時には、主のを守るために刀を振るうために武芸にも優れている必要がありました。

 

有名なのは織田信長の小姓 森蘭丸や羽柴秀吉の石田三成ではないでしょうか?

 

その他にも前田利家や直江兼続もそれぞれ織田信長、上杉景勝の小姓でした。

 

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小姓との衆道関係(男色)

小姓とは主人の身の回りの世話をしたり、来客の取次をしたりする秘書のような役割。

 

織田信長の小姓ともなると、とにかく気が利いて細かいところにまで目が行き届くような人物でないと勤まらず、各武将に信長の意志を伝える仕事もあるので、政治や軍事に関しての知識も必要となってきます。

 

さらに、戦国時代の価値観は現代とは大きく違っていて、衆道(しゅうどう)関係が当たり前のように存在していたので、蘭丸であれば信長の着替えや、風呂で体を洗う事、その他にも寝所を共をするということもあったようです。

 

分かりやすく言えば男色ですね。

 

戦国時代は平時に屋敷などに滞在していれば妻や側室と過ごすことができますが、戦になり長期間、戦場に出ることになれば女性は連れていけないので、衆道関係が頻繁に見られるようになったと言われています。

 

加賀百万石で有名な前田利家も織田信長の小姓であった時期があり、信長と衆道関係だったことを自慢し、周囲の人から羨ましがられたという逸話があります。

 

織田信長の小姓 万見 仙千代

織田信長の小姓といえば森蘭丸が有名ですが、蘭丸の前には万見仙千代という小姓がいました。

 

仙千代は荒木村重が信長に謀反を起こした時には、明智光秀と共に使者として村重の説得に向かうなど、主に政務や調整役として活動しています。

 

関連記事⇒織田信長に反抗した荒木村重と妻だしの有岡城の戦い!!

 

しかし説得が失敗し、信長自らが兵を率いて有岡城に向かうと、それに従軍し有岡城攻めに加わり、有岡城の攻防で石垣から塀を乗り越えようとしたところを刀で突き貫かれたと記録されています。

 

森蘭丸

そして万見 仙千代亡き後に信長に寵愛を受けたのが森蘭丸。

 

森蘭丸の正式な名前は森成利で、幼名とされる「蘭丸」も信長公記などを見ると「乱丸」という漢字が正しいようです。

 

信長の家臣であった森可成の3男として生まれ、弟の坊丸、力丸と共に三兄弟で信長の小姓となっていました。

 

森蘭丸は美少年で頭が良いだけでなく、事務官僚としての役割を果たし、機転が利いたことなどから信長のお気に入りだったと伝わります。

 

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そのため、信長から城を与えられていたようですが、その城には城代を置き、自身は信長の傍にいました。

 

信長から開けっ放しにしていた隣の部屋の障子を閉めてくるように言われ、向かったものの障子は閉まっていたため、信長の面子を保つため一度障子を開けてから、周りの者に聞こえるよう音を立てて障子を閉めたという気遣いの逸話が残っています。

 

ここまでの気遣いができれば、それは可愛がってもらえますよね。

 

本能寺の変での最期

明智光秀が織田信長を襲撃した本能寺の変。

 

この時、攻め寄せた軍勢が明智光秀の軍勢であると信長に報告したのが森蘭丸だったとされています。

 

本能寺では信長の盾となり最後まで奮戦。

 

しかし、人数で劣る上に、何の装備も固めていない蘭丸は最後には天野源右衛門という武将に打ち取られてしまいます。

 

織田信長に寵愛された小姓は、信長と共に本能寺で最期を迎えることになりました。

 

享年18歳。

 

本能寺の変がなければ織田信長軍団の中核を担う、人材になっていた青年武将の早すぎる最期でした。

 

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